要旨
流量計は流体輸送・エネルギー変換システムの中核に位置づけられる計測機器であり,その理論的背景には流体力学の基本法則が存在する.産業分野における流量計の適用は,単なる流量把握にとどまらず,プロセス制御,エネルギー効率改善,安全性確保といった多岐の目的に寄与する.したがって,流量計の理解には,測定原理と同時に流体力学的な基盤を把握することが不可欠である.
流体力学的基礎
連続の式
流体の運動を記述する第一の原理は質量保存則である.非圧縮性流体を仮定した場合,連続の式は次のように表される.
ここで,は速度ベクトルである.流量計における体積流量は断面における流速分布の積分として表される.
この式は,任意の計測方式における理論的出発点である.
ナビエ–ストークス方程式
流体の運動は運動量保存則により記述される.ニュートン流体において,ナビエ–ストークス方程式は次式で表される.
ここで,は流体密度,は圧力,は粘度,は重力加速度ベクトルである. 流量計においては,この方程式から得られる圧力分布や速度場の特性が計測原理の根拠となる.例えば差圧式流量計は,ベルヌーイ近似(粘性項無視,非定常項小)の適用例である.
エネルギー保存(ベルヌーイの定理)
理想流体におけるエネルギー保存則はベルヌーイの定理として知られる.
ここで,は位置ヘッドである.差圧式流量計は,流速増加に伴う静圧減少を計測することで流量を推定するが,これはベルヌーイの定理の直接的応用である.
レイノルズ数と流動状態
流体の流れは無次元量であるレイノルズ数
により分類される.では層流,では乱流,両者の中間は遷移領域である. 流量計測では,速度分布の一様性が前提となる場合が多いため,層流域や乱流混合が強い条件では補正が必要となる.特に超音波式流量計では,乱流による伝搬時間のばらつきが誤差要因となる.
流量計測原理と流体力学的対応
差圧式流量計
差圧式流量計はベルヌーイの定理に基づき,絞り機構(オリフィス)前後の静圧差から速度を算出する.流量式は次のように導かれる.
この式は,連続の式とベルヌーイの定理の組み合わせから導かれる.
電磁式流量計
電磁式流量計は,電磁気学と流体力学の応用である.導電性流体の流速ベクトルと磁束密度 が直交する場合,誘導起電力は
で表される.ここで得られる流速は,連続の式を介して体積流量に変換される.
コリオリ式質量流量計
コリオリ流量計では,振動する流路に質量流が流れることにより生じる見かけの力が計測対象となる.流体力学的には非慣性座標系における運動方程式に現れるコリオリ項
が基礎となる.ここでは振動角速度ベクトルである.
超音波式流量計
音波の伝搬速度は流体の状態方程式に依存する.理想気体の場合,
であり,温度や圧力の変化によって変動する.したがって,流体力学的な熱力学的性質も計測精度に影響を及ぼす.
流量計測と流体力学モデルの統合
近年の研究では,数値流体力学(CFD; Computational Fluid Dynamics)解析が流量計設計に導入され,速度分布の非一様性や乱流の影響を数値的に評価することが可能となった.特に差圧式流量計では,実流路におけるエッジ形状や流れ剥離の影響を補正するためにCFD解析が用いられている.
最新技術動向と流体力学的課題
- 乱流モデルの高度化:従来のモデルに代わり,LESやDNSが適用されることで,微小スケールの流れ場が計測誤差に与える影響が明らかになりつつある.
- 多相流測定:気液二相流やスラリー流では,気泡や固体粒子が速度分布・圧力損失に影響を与える.これらを正しくモデル化することが流量計の新たな課題である.
- マイクロ流体力学:MEMS流量計では,Knudsen数が大きい領域(分子流・遷移流)で従来の連続体仮定が破綻する.この場合,ボルツマン方程式や格子ボルツマン法による解析が必要となる.